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川崎競馬対談シリーズ (第7回、ゲスト:別府真衣騎手)

競馬をこよなく愛し各界で活躍されている方々に、川崎競馬副管理者との対談を通じて川崎競馬への期待やご意見を伺う機会を設けています。

第7回は、高知競馬所属の別府真衣騎手です。別府騎手は2005年(平成17年)9月に免許取得し、翌月には初騎乗初勝利をあげ、また、デビューから現役最速の460戦目で50勝目を飾りました。NARグランプリは5年連続受賞、レディースジョッキーシリーズでも優勝するなど、高知競馬のみならず、我が国女性騎手の第一人者です。生涯勝利数も現役女性第1位を走り、一昨年引退した宮下瞳元騎手(現小山姓、名古屋競馬所属)に次ぐ、女性騎手史上第2位につけています。

(2013年7月収録)

別府真衣騎手

別府真衣騎手のプロフィール

生年月日:1987年(昭和62年)12月8日生、25歳

出身地:高知県高知市

所属厩舎:高知競馬/別府真司調教師

勝負服:胴赤・青山形一本輪、袖白・赤星散らし

初騎乗:2005年(平成17年)10月9日 センターカノン

初勝利:同上(初騎乗初勝利)

重賞勝ち:2008年(平成20年)第 5回トレノ賞

      2010年(平成22年)第32回金の鞍賞 など


騎手になるきっかけ
川﨑: 今回は「土佐の魔法少女」と呼ばれている別府真衣騎手との対談です。6月の関東オークスで、高知からの遠征馬「アラマサシャープ号」(別府真司厩舎所属馬)に初めて川崎競馬場で初騎乗した関係から対談が実現できました。どうぞ、よろしくお願いします。はじめに騎手になったきっかけを教えて下さい。 
別府: 父が高知競馬の調教師でしたから、物心ついた時から馬と一緒の生活でしたので、ごく自然に騎手になりたいなぁーと。
川﨑: では、他の仕事に就くということは頭になかったのですね?
別府: はい。どちらかといえば、初めから職業が決まっていたのかなっていう感じですね。
川﨑: 兄弟もみな厩舎に関係した仕事をされているんですね?
別府: 私は女5人姉妹の4番目ですけど、私以外は馬とは関係のない仕事についていますね(笑)
騎手になって良かったこと、苦労したこと
川﨑: 別府騎手は免許取ってから8年目を迎えていますが、これまで騎手になって良かったことはどのようなことですか?
別府: 我が家は父親以外は女ばかりの家族ですけど、父は何とか騎手になれるような男の子が欲しかったみたいで・・。小さいときから寂しそうな父親の背中を見ていたので、「それなら私が騎手になろう、お父さんもきっと喜んでくれるに違いない!」と思って、それで騎手試験に合格した時、父が泣いて喜ぶ姿を見たとき「あー、本当に騎手になって良かったなぁ、親孝行ができたなぁ」って、つくづく思いましたね。
川﨑: その時の別府先生の姿が想像できますね。それでは、反対に苦労されたことはいかがですか?
別府: やはり女性ということで筋力が弱く、馬に乗っているとパワー不足を感じました。持っていかれたり、バランス崩して支えきれなくて落馬して、そのために怪我も多くしました。
川﨑: 海外でも遠征中に、怪我で休養を余儀なくされていたとも聞きましたが、大丈夫でしたか?
別府: はい、2年前にソウル競馬場で骨折しちゃったんですけど、今ではすっかり良くなりました。
思い出に残るレース、馬
川﨑: 別府騎手はデビュー以来、既に400勝を超えていますが、一番想い出に残るレース、競走馬は何ですか?
別府: そうですね、どれも想い出に残るレースや馬たちで頭に一杯浮かぶんですけど、1頭だけ上げるとしたら、やはり初騎乗して初勝利をもたらせてくれた「センターカノン」です!
川﨑: どんな風に騎乗したんですか?
別府: 無我夢中っていう言葉があるんですけど、私はただセンターカノンに乗っていただけなんです。厩舎の人たちが目一杯、バッチリ仕上げてくれて、「真衣、カノンがおまんを勝たしちゃる言うがぁ、ちくと走ってきいや」って。
川﨑: レース展開は覚えていますか?
別府: ゲートが開いてすぐにハナを奪うことができました。走っている間は、何も考えられなくて先に、先に、行きましたね。やがてゴールが見えてきたときに、急にカノンの足が止まりだし、思わず「これは差される!」、内心駄目だと思って後ろを振り返ると、もう直ぐそこに他の馬が迫ってきて「アぁー来ないでくれぇ―!」と思わず声が出ちゃいました。そしたら迫ってきたどの馬も一杯いっぱいになって末脚が鈍くなり、私が乗っていたカノンが何とかギリギリ先頭でゴールすることが出来ました。
川﨑: 聞いているだけでも、手に汗を握るレースでしたね。
2008年(平成20年)レディースジョッキーシリーズ総合優勝
2008年(平成20年)レディースジョッキーシリーズ総合優勝
騎乗で心掛けていること
川﨑: 騎乗に際してどのようなことを心掛けていますか?
別府: 出来る限り楽に勝たせてあげられるように乗っていたいと思っています。 それと、任された馬は最後まで諦めずに乗るということですかね。
川﨑: 楽に勝たせてあげたいとは、馬に負担をかけないようにと言うことですか?
別府: そうですね。能力ギリギリに追うと、足や腰に負担がかかり骨折や蹄を傷めたりするんです。無理した分だけ、結局休むことになったり、悪ければ引退につながるケースも招きますし・・。
川﨑: 楽に勝たせるために、どのようなことをしているんですか?
別府: 騎乗する馬の特徴を頭に入れて、その仔にあった走りを心掛けています。例え、テン乗りする場合でも必ずその馬の走る特徴や癖を入念に聞いています。
川崎競馬場で初めて騎乗した感想
川﨑: 6月13日、関東オークスに初めて川崎競馬場で騎乗され、ファンからも大きな声援が飛んでいました。事前に高知の騎乗経験者から話しを聞いていたかと思いますが、実際、川崎で乗ってみていかがでしたか?
別府: 南関東は船橋と浦和で騎乗経験があるんですけど、川崎は初めてでした。話には聞いていましたけど、やはりコーナーワークが難しかったですね。
川﨑: 1周1,200mで直線が長い分、4つのコーナーともにカーブがきついので、ここをどう乗り切るか、特に第3コーナーに差しかかる時に、どのボジションから曲がっていくかが、勝敗の分かれ目だと聞いています。
別府: 高知も1周1,100mと小さいんですけど、左右でカーブの形状が変わります。高知は右回り、川崎は左回りで、乗っていて最初は違和感を感じましたけど、直ぐに慣れました。
高知競馬のアピール
川﨑: ただいま高知競馬場の話しが出ました。せっかくですから、高知のアピールをここでお願いします。
別府: 高知競馬は全国の地方競馬場のなかでも、一番駄目だろうって言われ続けてきた競馬場ですが、最近ではナイター競馬に取り組んだり、福永洋一記念レースで全国から著名な騎手の方たちが大勢来たりして、とても頑張っている競馬場のひとつです。それに、高知の馬が全国に行って活躍していますので、そんな馬たちも見に来て欲しいなぁって思います。レースは土日が中心ですので、土佐の美味しい料理と競馬を楽しみに足を運んで下さい。
川﨑: 私も昨年お邪魔して、高知の方たちがとても気さくに接していただき、なんて素敵なところだろうって。良い印象しかありません。是非、もう一度高知競馬場を訪ねてみたいと思います。
トークショーでのひとコマ
トークショーでのひとコマ
目標としている騎手
川﨑: 目標としている騎手を教えて下さい。
別府: 何と言っても名古屋の宮下さんが打ち立てた女性騎手最多の626勝を超えることです。
川﨑: あと200勝ちょっとですね。(※対談時418勝 平成25年7月10日現在)
別府: 騎手になった以上、日本一を目指しています!!(キッパリ)
川﨑: 目標とする騎乗フォームはいかがですか?
別府: パッと目につくように格好よく乗りたいですね。そうしたら、ファンの方にもっと見ていただけるんじゃないかと。
競馬に対する考え方がどのように変化したか
川﨑: 新人のころと比べて、競馬に対する考え方はどう変わりましたか?
別府: デビューしてから勝ち鞍を重ねていた頃は、自分の力で勝っていたと勘違いをしていました。生意気なんですけど、自分が頑張ったから勝ったんだと。でも、ある時期、大怪我をして乗れなくなり、勝ち鞍からも遠ざかった時期がありました。そんなとき、久々に勝てた時に「馬主さんや、先生、厩務員さんらの支えがあって勝たせていただくことが出来たんだ、ファンの後押しがあって1着でゴールすることが出来たんだ」って思いました。
川﨑: 怪我はしない方が良いに決まっていますけど、でも怪我してみて初めて周囲の支えに気がついたということで、いわば怪我の功名で一皮向けたという感じですかね。
別府: あー、それはあると思います。私はそれ以来、ガムシャラに、しかも貪欲に「勝星が欲しい~」っていう性格になっちゃったんです。(笑)
勝負服への思い
川﨑: 勝負服は別府騎手にふさわしい赤と青のコントラストが混じったものですが、これにした理由と何かエピソードがあれば教えて下さい。
別府: この勝負服は、とっても気にいっているんですけど、私が選んだものじゃないんですよ。
川﨑: えっ、勝負服は一生ものだから、普通、騎手の希望が叶えられるって聞いていましたが。
別府: 私がデビューすることが決まった時、関係者の方が「真衣の勝負服は、一般のファンの方に選んでもらおう」っていうことになり、公募で決まりました。
川﨑: 勝負服を公募で選ぶなんて話し、初めて聞きました。誰が思いついたんですか?
別府: 私が提案して進めたんですが、前代未聞で周りの方もびっくりしていました。この勝負服を着て騎乗していると、ファンの願いをいつも背負っているって感じで気持ちがグッと引き締まります。
川﨑: ファンの皆さんも、きっと同じ思いなんでしょうね。
桂浜で調教をつける
桂浜で調教をつける
女性騎手として気をつけていること
川﨑: 周囲は男性ばかりで、しかも一歩間違えれば、命に関わる職業です。女性騎手として、何か気をつけていることはありますか?
別府: 女性の特質として「当たりが柔らかい」というのがありますよね。その一方で、女性という理由でなかなか馬に乗せてもらえないことも感じています。 だから、自分から進んで癖のある馬でも乗せていただけるように動いていますよ。
川﨑: 何か具体的な対策をしているんですか?
別府: これといったことはしていませんが、馬に乗せていただいた時は、みんなの期待に応えよう、当たりの柔らかさを上手に引き出して行こうって、そういうことをイメージしています。
競馬から離れて考えていること
川﨑: 別府騎手は私の娘と歳が同じで、娘を見ていると、若い女性の趣味とか、流行だとか、お洒落だとか、自分なりに理解していたつもりでも見当外れのことばかりです。別府騎手は毎日が勝負と訓練の日々だと思いますが、競馬から離れたとき、どんなことを考えているんですか?
別府: 私は、自分のことを「自由人」だと言っています。朝の調教が終わり、ひと寝入りして起きたら、フラッとその時の気分で遠くの街に出かけたりしますけど、あまり決まっていない感じですね。(笑)何もない時は普通の女の子に戻っていますけど。そうじゃない時は、通販のカタログを眺めて一日を過ごします。これ、なかなか飽きないんですよ~。(笑)
座右の銘
川﨑: 対談している方全員に伺っているんですが、座右の銘、あるいは好きな言葉は何でしょうか?
別府: ズバリ、「人馬一体」です。この言葉が一番好きです。とても大事にしています。
川﨑: どういったところに惹かれるんでしょう?
別府: 自分が馬の気持ちを理解するだけでなく、馬が私を理解しないうちは、レースに出ても勝てないってことがよく分かったんですよ。
川﨑: それは大事なことですが、お互い理解し合うのに、どのようなことをしているんですか?
別府: 何か特別なことをしているっていうことはないんですけど、馬の気持ちを考えて接していることですかね。
自身の評価
川﨑: ところで、別府騎手は自分自身のことをどのように評価しているんですか?
別府: 一言で言うのは難しいですけど、自分は甘い人間だなぁっていつも感じています。
川﨑: どういったところが?
別府: いろんな意味で。特に競馬に対して自分はもっと厳しくあらねば、なんて思っています。
川﨑: 別府騎手のインタビューや雑誌の取材なんかを拝見していますと、結構、自分を責め立てているような印象が感じられますが・・・。
別府: え~、そうですか!?多分、それは違う意味で受け止められているのではないでしょうか。言い換えると、私は調教師である父の所属騎手として攻め馬や追い切りなどをはじめ、実際のレースでもよく乗せてもらっています。でも、成績がついて来なかったら、この世界って乗せてもらえないじゃないですか。そこを別府真司の娘だからっていう理由で騎乗させてもらっている部分ってあると思うんですよ。これが娘じゃなかったらどうなのかなーって。
川﨑: 別府先生も娘だから乗せているなんてことはないと思いますが・・・。スランプで一時勝てなくとも、そこを乗り越えて行く実力ある騎手として先生は見ているんではないでしょうか?
別府: そうですねぇ。でも自分の気持ちの中では、そんな風には理解できていないんです。そのことを実際思い知らされたのが、海外で騎乗したときの経験でした。
川﨑: 別府騎手は韓国、マカオと言った競馬場によく遠征していますものね。
別府: 海外では実力一本ですから。人間関係はありませんし、いかに自分をアピールして結果を残すかが求められ、駄目なら乗る機会すら与えられません。
川﨑: 海外に出ていく騎手の多くが日本に帰ってきたときに、言葉による障壁や競馬文化に対する違いを肌で感じると言っていましたが・・・・。
別府: そのことは海外へ行くたびに強く感じます。私は自分の競馬に対する甘さについて、日本を出ることでいつも知らされて帰って来ます。
川崎競馬副管理者
これからの夢
川﨑: 少し話題を変えて別府騎手のこれからの夢を聞かせて下さい。
別府: そうですね、国内でも海外でも、よその競馬場でもっと多く乗ってみたいですね。
川﨑: それは何故ですか?
別府: マカオの競馬場に行ったときに、名前は競馬場なんですが、日本とはずいぶんと「やり方が全然違うんだぁ」って思いました。そういうこともあって機会があれば、いろんな競馬場に行ってみたいと思うようになりました。川崎競馬場ではあまり良い成績は残せませんでしたが、とても勉強になりました。
川﨑: 他の競馬場を経験するなら、できるだけ若い時がいいですよね。他にはどのような夢をお持ちですか?
別府: 騎手なら誰でも言葉にするんでしょうけど、「1つでも多く勝って日本一の騎手になること!」、それに「大きな重賞を勝つこと!」です。
高知競馬と川崎競馬の交流
川﨑: そのためにも別府騎手には、南関東に数多く来ていただき活躍することで一歩ずつ自分の夢に近づいて行きますね。
別府: 是非、また、川崎に来たいです!今でも若手騎手の技術交流や短期免許による期間限定騎乗がありますが、普段のレースでいつでも乗れるようになるといいなぁって思います。 南関東の騎手はよく高知に見えるんですけど、高知の騎手が南関東にはなかなか行けないので、そこを何とか改善できればって思いますね。
川﨑: これからも地方は交流が一段と進み、ますます狭くなります。いま話しのあったこともたいへん大事なことだと思います。いずれにしても、高知と川崎の連携が、今後、一層強くなるよう前に進めていく必要がありますね。
別府: そうですね、高知は雑賀正光先生や田中守先生、もちろん別府厩舎も、他地区に出かけて戦うことが多いので、川崎ともこれまで以上に人馬交流が進んでいくことを願っています。
川崎競馬に対する要望、提案
川﨑: いろいろ聞いて来ましたけど、川崎競馬に対する要望や提案などがあれば、是非、お聞かせ下さい。
別府: 川崎は高知と同じようにナイター競馬が中心でとても活発な競馬場で大好きです。要望は特にありませんが、南関全体に共通することが一つあります。それは、もっと女性騎手が活躍で来るような環境があれば良いなぁということです。以前、横浜出身の山本茜騎手が地元川崎を希望したんですけど、なかなかうまく行かなくて、結局、名古屋に所属先が決まったんです。今は交流が盛んになっていて、どこの競馬場でなければ嫌だ、というようなこだわりは少なくなってきましたけど、やはり騎手にとっては生まれ育った場所に近い競馬場を、所属先として希望を持つ人が多いと思うので・・・。
川﨑: 川崎では1979年(昭和54年)に安池成美調教師が当所属第1号の女性ジョッキーとなりましたし、10年前には戸川理彩元騎手が頑張っていました。南関東でも最近では、平山真希現調教師(浦和)や5年前に引退された牛房由美子元騎手(浦和)などが在籍していました。
女性騎手が活躍できる下地は川崎や南関東にはあると思いますので、私たち主催者もそうした環境をしっかりと整えていく必要があるものと感じています。
今年の目標とファンへのメッセージ
川﨑: それでは最後に別府騎手の今年の目標と、ファンへのメッセージをお聞かせ下さい。
別府: まず、NARグランプリが受賞できるよう頑張ります。このグランプリは2006年(平成18年)から5年連続で受賞していたものですが、去年と今年の2年間、怪我や海外遠征などもあって取れていません。3年ぶりの受賞に向けて狙っていきます。
川﨑: 同期で療養中の山本茜騎手の分まで、是非、頑張って下さい!
別府: 川崎競馬ファンへのメッセージですが、このあいだ、関東オークスで初めて騎乗させていただいた際、パドックや本馬場に入場したとき、恐らく初めて見る私に対したいへん大きな声援をいただき、とても温かい競馬場だなぁって感じました。是非、機会があれば、また、川崎で走りたいと思いますので、ご声援のほど、よろしくお願いします。
川﨑: 今日は長い時間、お疲れ様でした。ありがとうございました。
別府: こちらこそ、ありがとうございました。
別府真衣騎手

(了)

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