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川崎競馬対談シリーズ(第2回)

川崎競馬をこよなく愛し各界で活躍されている方々に、川崎競馬副管理者との対談を通じて川崎競馬への期待やご意見を伺う機会を設けています。

第2回は、川崎競馬所属の今野忠成騎手です。今野騎手は同騎手会の会長を長年、務める傍ら、今年2月には通算2,000勝を達成するなど活躍目覚しい方です。

(2013年5月19日 於小向厩舎)

今野忠成騎手

今野忠成騎手のプロフィール

昭和52年3月4日生、36歳。神奈川県伊勢原市出身。安池成美調教師所属。

初騎乗:平成6年10月15日ハーバーリファール

初勝利:平成6年12月10日ホウショク

重賞33勝:第9回ジャパンダートダービー(JpnⅠ)ほか


騎手になるきっかけ
川﨑: 今野騎手はいつも素晴らしい騎乗で、成績も常に上位で長年にわたり頑張っていらっしゃいます。ファンが聞きたいだろうなと思うようなことも伺ってまいりますのでよろしくお願いします。
まず初めにお尋ねしますが、騎手になるきっかけは何だったのでしょうか?
今野: やはり兄の影響ですかね。今は廃止された上山競馬場で兄が騎手を目指していたんですが、体重の関係で諦め、その後、川崎や大井の厩務員となりました。そのときに僕が休みの日などに兄を訪ねて遊びに行っていたのです。そこで自然に馬と接するようになり、兄からは「身体も小さいから騎手やってみないか」と勧められ、そんなところから騎手になりたいと思うようになりましたね。
川﨑: 今野騎手は神奈川県伊勢原市の出身だと聞いていました。お兄さんが上山競馬場で厩務員さんをされていたということですが、上山競馬場に今野兄弟とつながりのある方がいらっしゃったのですね?
今野: 僕たち兄弟の周りには特に競馬関係者の方はいませんでした。僕の出身地は伊勢原市となっていますが、実家は福島県原町市(現在は周辺の町と合併して南相馬市)で、家の近くに競馬関係者が住んでいて、兄はその方のツテで上山競馬場を紹介されたと聞いています。
川﨑: 福島といえば福島競馬場や相馬野馬追いなど、競馬が盛んですよね。
今野: でも何故、競馬場なのか今でもよく分からないんですよ。僕と兄とは一回りも年が離れていて、僕が物心がついたときには既に山形で働いていましたからね。
川﨑: お兄さんが厩務員さんをやっていなければ馬と接することがなかった、したがって騎手になることもなかったと・・・。
今野: 今考えてみればそうですね。それに、僕が川崎競馬所属の騎手になれたのも、兄がお世話になっていた上山競馬の調教師の弟さんが、川崎競馬の鈴木敏一調教師(平成23年3月逝去)の厩舎で厩務員さんをやっていて、そうしたつながりから僕を鈴木先生に紹介をしていただき、お世話になることになりました。
川﨑: とても義理に厚く誠実な調教師さんだったと聞いています。
今野: そうなんです。僕は最初の騎手免許試験で合格することが出来ず、半年間、鈴木先生のもとで勉強していたのですが、とにかく先生からはいろいろなことを教えていただきました。その頃は、自分に調教をつけるほどの技量はなく馬を動かす程度だったんですが、先生は時間を見つけては親身になって指導していただきました。騎手になれたのも先生あってのことだと、感謝の気持ちは一時も忘れていません。
騎手としての思い
川﨑: 騎手は朝早くから馬の調教をつけたり、落馬で大怪我をすることもあり、とてもハードですよね。それ以上に日々体重を増やさない生活が待っていて、とても大変だと思います。ここまで続けてやって来られたことについて、自分の中ではどのように受け止めていますか?
今野: 僕には他の騎手と違って帰る家や場所というものがありませんでしたから、「競馬で生きていくんだ!」という強い信念が支えとなりましたね。
川﨑: つまり「ハングリー精神」。
今野: そうですね。
川﨑: 騎手になってからも、何かと辛いことや苦労したことも沢山あったことと思いますが、どんなことが思い出されますか?
今野: 先ほども話の中に出ていましたけど、体重管理はやはり苦労しましたね。僕自身、少し太る体質なので、若いときは、それこそ「苦しい~」というような、言葉では表現が出来ないくらいきつかったですね。(笑)
川﨑: 笑っているけど、今でも大変なんでしょう?体脂肪率も限りなくゼロに近いとか・・・。
今野: いや、今はもうすっかり慣れたというか、まったくと言っていいくらい気にならないです。体重は常に50kgを維持していますよ。裸だと49.8kgです。後輩の騎手にもよく話しをするんですが、「1日に何レースも騎乗するときがあると、検量で負担重量を間違わないためにも自分の体重を一定に保てば、どれくらい重りをつければいいのか直ぐに計算できる、つまらないミスを犯すことはなくなるよ」と。自分の体重が変動していると、つい計算ミスしてしまいます。検量間違いはプロとして言い訳できないですからね。
今野忠成騎手
川﨑: なるほど、それはシンプルで分かりやすいですね。
今野: それに比べたら、朝早いのは苦にならないですよ。眠いのは朝だけじゃなく、昼間も夜も眠気が来るのは同じですよ。腹いっぱいで寝ても眠いのはやはり眠いですから。(笑)
川﨑: それでもナイターで遅くなって、次の日の朝早い調教は辛くないですか?
今野: 僕は大体、毎日、朝2時15分に起きて、2時30分から調教をつけています。一つでも多く勝って、馬主さんの信頼を得たいですし、何よりも応援してくれるファンの期待を裏切りたくないですからね。それには寝たいの何のって言ってられないですものね。
川﨑: そうした生活をもう20年以上やってこられているんですね。
今野: でも、調子がよくないときとか、前夜遅くまで馬の世話をしなければならないときかは、やはり人並みに辛い時もありますよ。
川﨑: 寝ないと疲れも取れないでしょう?そろそろ、一晩では疲れが取れにくくなっているのでは?
今野: 僕は今年36歳ですけど、若い頃と比べると疲れが確かに取れにくくなって、回復力が遅くなりましたね。例えば、レース中の落馬で痛いと感じる時期が翌日から翌々日になって出てくるとか。ですから、これまで以上に睡眠とマッサージ、針にはとても気をつけています。
騎手の生活など
川﨑: プロとして身体のケアも大事ですね。ところで、今一番したいことは何ですか?
今野: 目覚まし時計で起こされなくても目が覚めるまでゆっくりと寝ていられるってことが、とても贅沢なことだと思っているんです。平均するとオフの日が1年間で20日間あるかないかくらいでしょうかね。
川﨑: 朝ゆっくり起きることができるのが20日間だけ?
今野: 目覚まし時計をセットしなくて寝ていられるなんて、最高ですよ!
川﨑: そうした日々の積み重ねがあって、今野騎手は、長年、川崎でリーディングを張って行けるんですね。同じ年代の人と比べたら、こうした騎手の生活ってどう思いますか?
今野: 苦しいことも多いんですが、やはり騎手になってよかったなって思うこと、一杯ありますよ。
川﨑: 例えばどんなときですか?
今野: 騎乗した馬で勝てたことで、馬主さんらから「ありがとう」って声をかけていただく時が一番ですかね。
川﨑: 「おめでとう」ではなく、「ありがとう」ですか。
今野: そうです。「ありがとう」って声を聞きたいがために馬に乗ってるって言ってもいいくらいですよ。(笑)
川﨑: ほかにはどうですか?
今野: いまでもこうして、副管理者自らがわざわざ時間を割いて僕にインタビューしてくれていますよね。とても有難いことだと思うし、それに、僕たち騎手は馬主さんやマスコミの方たちの集まりに呼ばれることが多いんですけど、相手の方は何百人、何千人の従業員を抱えている大きな会社を経営されていたり、記者やライターとしてとても著名な方たちばかりなんですが、こちらが恐縮してしまうくらいに目上の方たちが丁寧に扱ってくれるんです。30代半ばの者に対して、こんなことって他ではまず、考えられないでしょう?だからその分、責任とか、やりがいというものを感じていますよ。
川﨑: 脚光を浴びる分、ストレスも多いんでしょうね。
今野: 「騎手になってどう?」ってよく聞かれるけど、なかなか一言で言い表せないってこと、一杯ありますよ。それに、くやしいってこともたくさんありますから。
川﨑: 思うようなレース運びができなかったときとか?
今野: それもありますが、さきほど「騎手になってよかった」と思えるときの真逆で、応援してくれるファンや馬主さんらの期待に応えられなかったときです。
家族への思い
川﨑: 今野騎手は騎乗依頼も多く、JRAのレースにもよく乗られるので、1年中休まるときがないですね。家族の協力がないととても務まりませんね。
今野: 家族には感謝しても感謝仕切れないです。子どもが1人いるんですけど、朝、調教に出るときは寝ているし、ナイターで遅くなったときも寝ているしで、なかなか話しをする時間がとれなくて。だから、たまに土日、家にいると子どもがびっくりして「お父さん、今日はどうしたの、身体悪いの?」って聞いてくるんです。(笑)
川﨑: お子さんは競馬場で応援をされているんですか?
今野: いや、競馬場には連れて行きません。今はテレビで中継していますから、それで大体のことは分かっているようです。うちの子は幼稚園児のときから、騎手の勝負服を見て「あれは誰々」と言い当てていましたから。
川﨑: それは凄い!
今野: 多分、後輩の騎手たちを家によく連れて来たりしていたので、それで自然と覚えたのでしょうかね。
川﨑: 将来、騎手になりたいと言ったら?センスはありそうですね。
今野: 競馬は好きみたいで、とにかく暇さえあればテレビの競馬番組をずっとみていますよ。この間、僕が負けたときは「パパ、負けちゃったね。この次、ガンバローね」って(笑)。オイオイ、俺、今そのことでかなり落ち込んじゃっているんだよ~、ようやく忘れかけていたのに思い出させないでくれーってね。(大笑)
川﨑: 家族孝行も大事にしないと。
今野: そうなんですよ。家族みんなで食事に行ったり旅行したりするとき、家中が発散してるなって感じです。
ファンへの思い
川﨑: レースに出ていると観客からの声援はどのように届いているんですか?
今野: はっきり聞こえますよ。
川﨑: パドックはお客に近いから・・
今野: いやぁ、馬が走っている時もよく耳に入ってきていますよ。それに、出遅れたりなんかすると、「あぁぁぁ~」という悲鳴が。(笑)
川﨑: そうなんだ。そのとき、あの声は誰とかの声だって分かるのですか?
今野: そこまではさすがに分からないですけど。
川﨑: でも熱心にいつも声を出して応援してくれている人なら分かるでしょ?
今野: どちらかと言うと、声援よりヤジがよく聞こえていますよ。3対7か、2対8の割合でヤジの方が多いかな、特に川崎はね。
川﨑: ヤジが多いって言うのも期待されている証拠ですよね。励ましの言葉だと思って・・。
今野: 実はそうなんです。先輩の騎手が言っていましたけど、「あまり成績を出していない奴にはヤジは飛ばないから」って。「ヤジられているってことは、お前を信用して馬券を買って、それが外れるからヤジられるんだ。ヤジが飛ばされるようになって、やっと認められたんだよ」って。
川﨑: その先輩もきっと一杯ヤジられていたんですね。
今野: ええ、だから「声援だと思ってあんまり怒んなよ」と。
思い出のレース
川﨑: そうしたなかで、思い出に残る馬とレースは何ですか?
今野: 初めて南関・大井の重賞「金盃」を勝ったインテリパワーですかね。なかなか重賞が勝てなかったんですけど、この競走を勝って僕もやっと先輩騎手に近付けたかなって思いました。
川﨑: 確か、不良馬場で泥んこの中での競馬でしたよね。
今野: そうです、そうです。
川﨑: インテリパワーはどんな馬だったのですか?
今野: 石崎さんや張田さんも乗っていましたけど、大人しく乗りやすい利口な馬でしたね。どんなレースも出来ました。
川﨑: 最近の馬で、インテリパワーに匹敵する馬はいますか?
今野: 今年は牝馬ですけど、カイカヨソウですね。この馬はまだまだ成長して強くなる馬だと期待しています。
騎手会長としての務め
川﨑: 今野騎手は川崎競馬騎手会の長らく会長を務められていますが、会長の仕事も結構忙しいのでは?
今野: 僕なんかが会長でいいのかなってよく思います。2年に1度、会長選挙があるんですが、僕は必ず他の人の名前を書くんですけど、投票前から皆が「投票しなくても結果は同じだよ~。今野、お前、また会長頼むよ~」って、もう僕が会長になるってことを皆が示し合わせたように言うんですよ。毎回、これの繰り返しなんです。これじゃあ、騎手辞めるまで会長をやっているんじゃないかって。(笑)
川﨑: 会長に就かれて4期7年目ですよね、それは人望があるってことですよ。
今野: そうですかぁ。でも結構、会長の仕事って大変なんですよ。
川﨑: だったら会長職を持ち回り制にするとか、5期10年を上限にするとか、何らかのルールを決めるのも一つの手ですね。とは言うものの今は会長ですから、これから騎手会をどのようにして行こうと。
今野: 川崎の騎手はよくまとまっているなぁって感じています。でも人数が少なくて寂しいですね。僕が騎手になった頃は南関全体で100人から150人、川崎でも30~45人くらいの騎手がいましたけど、現在は18人にまで減りました。売上とかの影響もあって、なかなか騎手に成り手がいないんですかね?
川﨑: そのようなことは全然なくて、騎手募集をかけると地方競馬でも10倍を超えるし、JRAだと15~20倍の狭き門ですよ。ただ、傾向として厩舎関係に知り合いの人がいる方の応募が少なく、馬に触るのも初めてという方が結構いて、それで養成所に入ったはいいけれど、自分が抱いていたイメージと違って途中で止めていく方が多いと聞いています。それに、体重制限に耐えられなくてリタイアする研修生も目に付くとか。
川崎競馬副管理者
今野: そういう事情もあったんですか。言われてみると、体重面では僕らの頃に比べると、今のほうが栄養価の高い食事を小さいときから取り過ぎたりして、身体の骨格も随分大きくなったなぁって感じで、むしろ、50kgくらいというのは珍しいほうですよね。
大切にしている言葉
川﨑: 今野騎手はファンからは幅広く人気がありますが、自分としてはどのように自己分析しているのですか?
今野: 自分で言うのも何ですが、案外、真面目なほうじゃないかと思っています。周りからも努力家って言われていますし・・・。
川﨑: 何かエピソードがあれば教えて下さい。
今野: 僕は1日最大8レース目一杯乗る機会が多いので、翌日朝からの調教は「無理しなくて休めよ」「調教つけなくても乗れるんだから」と先生方からよく言われるんですが、まず、休まないですね。
川﨑: 以前、他の取材で今野騎手が「努力」という言葉を大切にしているという記事を見かけたことがありますが。
今野: この言葉は好きですね。亡くなられた鈴木先生が「人から後ろ指されることをするんじゃないぞ!」とよく言われました。僕はそのために努力したような気がしますし、努力していれば結果は必ず後から付いて来るものと信じてます。
今後、目指すもの
川﨑: ところで、今野騎手がジョッキーになられてから、今年で20年目となる節目の年を迎えていますが、20年前と比べて今の自分をどのように感じていますか?
今野: この20年間はとにかく一つでも多く勝って信頼を勝ち得ることに必死でした。昔も今もその考え方に違いはありませんね。
川﨑: それでは、これから20年先の将来の自分を想像して、どんな姿を思い描いていますか?
今野: 難しい質問だなぁ、あまり考えたことがないから・・。20年後というと、56歳、でも、僕は生涯現役であり続けたいから、怪我もなく周りの理解があれば、きっと騎手を続けているものと思いますよ。川崎でも森下さんや金子さんも頑張っていらっしゃるし、それに僕たちの大先輩である佐々木竹見さんが60歳まで現役でしたからね。ジョッキーのままで引退したいなという思いはあります。
川﨑: 騎乗の際、心掛けていることは何かありますか?
今野: そうですね、後輩から慕われるジョッキーに成りたいっていつも思いながら乗っていますね。それには結果をしっかり残さなきゃなーって自戒しています。
川﨑: 将来、調教師とかになろうなんて夢は持たないのですか?
今野: 騎手から調教師になる人も多いので考えなくもないですが、今は騎手一本です。(キッパリと)
川﨑: それでは、今年の目標はいかがですか?
今野: 特に掲げている目標があるんです。それは今まで一度も達成したことのない「年間200勝」を今年は是非とも達成したいですね。
今野忠成騎手
川﨑: 今年は川崎にも強い馬が入って来ているし、何よりもJRAに移籍した戸崎騎手の乗り替わり分がありますから、今野騎手にとってもここは念願の200勝を目指す大きなチャンスですよね。
今野: 是非、チャレンジして結果を残したいですね。
川﨑: 他にはどのような目標を持っていますか?
今野: 今年に限ったことではありませんが、JRAの大きなレースに乗って勝ちたいです。
川﨑: 今野騎手はこれまでJRAで12勝、うち特別を4勝あげていますが、更に大きな勝利を目指して欲しいですね。地方競馬出身の騎手が大活躍してますから、刺激にもなりますよね。JRA騎手への挑戦は?
今野: 考えたこともないですね。
もし騎手になっていなかったら
川﨑: それでは、仮に騎手になっていなっかったら、自身は何を目指していたと思いますか?
今野: スタントマンになっていたかも知れないなぁ。
川﨑: スタントマン?あの車にぶつかったり、崖から飛び降りたりする、あのスタントマン?
今野: そうです。僕はもともと身体を動かすことが大好きだったので。
川﨑: 確かに騎手の人たちは、スキーやゴルフもやる人が多いって聞きましたけど今野騎手も何かスポーツをやっているんですか?
今野: スポーツは好きですし、騎手仲間でもプロ並みの技術を持っている人は沢山いますけど、僕の場合、鈴木先生からは「競馬以外のスポーツはやるな!」と厳しく言われていましたので、敢えてやっていないんです。
川﨑: それは何故ですか?余計な筋肉がつくから?
今野: それもありますけど、「スポーツが原因で身体を傷つけたり痛めたりしたら騎乗に差支えが出るから」というのが理由でした。恐らく先生は競馬以外の怪我が原因で、成績に影響した騎手を何人も見てこられたんでしょうね。だから、車の免許を取りに行くことも許してはくれませんでした。
川﨑: それは徹底していますね。
今野: でも聞いて下さい、こんな話しがあるんですよ。以前、先生が北海道の牧場を訪ねたとき、僕を伴って連れて行ってくれたんです。恐らく先生は僕を運転手代わりにとでも思ったのでしょうね、「今野、お前、運転してくれ」と。僕が「先生、私、免許持っていませんよ」って答えると、「なに持っていない! お前、いつになったら免許を取るんだ、いい加減に免許ぐらい取りに行けよ、それまで俺がお前の運転手をやるのか」って(大笑)
川﨑: 北海道では車なしでは移動が出来ませんものね。
今野: じゃあ、すぐにでも車の免許を取ろうと思ったんですけど、その頃には既に南関4場、毎日騎乗するようになっていて、とても車の免許を取りにいけるようなまとまった時間が取れずに今に至っています。
勝負服について
川﨑: 勝負服について教えて下さい。今の勝負服を選んだ経緯や感想でもあれば。
今野: いろいろ着てみたいなって勝負服はあったんですけど、鈴木先生のところの厩務員さんが何枚か選んでくれて、その中から緑を基調にそでにも二本入っているのがいいなって思って決めました。実は、この勝負服は船橋の厩務員さんが騎手のときに着ていたものですが、相談したら快く承諾してもらい、それで着ることに決めました。この服は結構気に入ってるんですよ。
川﨑: 具体的にどこが気に入ってるんですか?
今野: 原色って遠目から見ても分かりやすいじゃないですか、ファンからもすぐに覚えていただけますしね。
川﨑: 「他の勝負服を選んでもよいよ」と言われたら、次はどれを選びますか?
今野: 似合う、似合わないもありますが、今の勝負服に近ければいいかなって思いますね。
川﨑: JRAで騎乗すると馬主の勝負服を着ますけど、どんな気分ですか?
今野: いろいろな馬主の服が着られるので、却って新鮮で嬉しいですね。地方でも北海道は馬主の勝負服が着られるので、是非、南関でやってもいいんじゃないかなって思いますね。
川﨑: 馬主のステータスを上げる上でも意味のある提案だと思いますね。是非、私も機会を捉えて提案してみましょう。
川崎競馬への意見、要望
川﨑: 川崎競馬に対して何か注文があれば遠慮なく言って下さい。
今野: JBC競走をきっかけに競馬場全体がきれいになってとても良いなという印象です。不満とかはまったくありませんね、周りからも聞こえてこないし、副管理者の前だからって遠慮していることはないですよ(笑)。普通、主催者を前にして「何でも好きなことをお願いしてもいいよ」と言われたら、「あれやって下さいとか、これお願いします」ってことになるんでしょうけど、騎手の仲間うちでも話しているんですけど、ここは地方競馬の中で居心地が一番いいなって評判なんです。レースの合間でもいつも落ち着いて休めています。それにコンパクトなつくりになっていて、とてもレースに集中できることもいいですね。騎手にとっては最高の競馬場だと思いますよ。
川﨑: とても有り難い話です。他には?
今野: 走路の土もよく入れ替えてくれてますよね、お陰で安心して騎乗できます。特にドリームビジョンがある向こう正面の土は建物の影響からか、乾きが悪いのでメンテナンスが大変だと思いますね。
川﨑: 砂質、砂厚、路盤改良など定期的にチェックし、よみうりランドさんもよく協力していただいて、頻繁に土の入替や工事もやっています。こうしたこともファンの方にも知ってもらいたいと思って、先月、ホームページなどに工事風景を掲載しました。これからも情報発信に努めていきたいと思っています。
今野: 走路の手入れって、意外と知られていませんからね。そうすれば、馬主も安心して「じゃあ、馬を預けるか」ってことにもなりますよね。
ファンへのメッセージ
川﨑: 対談の最後になりますが、競馬ファンへメッセージをお願いします。
今野: この時期、川崎競馬はナイター競馬をやっていますので、是非、夜の競馬を楽しみに見に来て下さい、待ってますから。
川﨑: 今日は忙しい中、長い時間、有難うございました。来週からまた川崎競馬が始まります。どうぞ事故のないよう、良いレースを期待しています。
今野忠成騎手と川崎競馬副管理者

(了)

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